お金(貨幣)の歴史~古代から安土桃山時代編~
こんにちは。
会津地域を中心に、公共工事や住宅の新築、リノベーションを手掛けている
㈱渡部住建の冨田です。
今回はお金の歴史について簡単にお話をしようかなと思います。
古代、人々は物々交換で自分の物と欲しい物とを取り換えていました。
そして、飛鳥時代からは中国の「開元通宝(かいげんつうほう)」をモデルに
「富本銭(ふほんせん)」がつくられました。
貨幣には「富本」と刻まれていて、その意味は・・・
「国を富まし民を富ませる本(くにをとましたみをとませるもと)」です。
708年奈良、平安時代は「和同開珎(わどうかいちん)」がつくられ、
それから250年の間に金貨1種類、銀貨1種類、銅銭12種類の
「皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)」がつくられました。
その後、豊臣秀吉が金・銀貨幣つくるまでの約600年間、
日本で貨幣はつくられることはなく、中国から輸入した貨幣が使われてたみたい。
600年間も~驚き~(◎_◎;) つくる技術がなかったんですかね。
平安後期・鎌倉・室町時代は、宋との貿易で砂金を輸出して
替わりに銅銭を輸入して日本国内で使っていたそう。
宋銭といわれるものです。
砂金を輸出して銅銭を輸入なんて、割に合わない貿易ですよね(=_=)
1404年明と室町幕府との間に条約が締結。貿易が始まり銅銭は重要な輸入品となり、
特に「永楽通宝(えいらくつうほう)」は人気があって全国で使われていたけど、
ただ「びた銭」という質の悪いお金がたくさん出回ったそうです。
安土・桃山時代、豊臣秀吉が金貨や銀貨をつくりはじめ、
天正16年(1588年)には「天正長大判(てんしょうながおおばん)」や
「天正菱大判(てんしょうひしおおばん)」をつくりましたが、
これは褒美用だったそうです。庶民は明銭かびた銭を使っていたそうです。
次回、江戸時代から現代をお伝えしますね(^_^)
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